大学卒業のパラドックス
この事象に関する自分が書き散らかしていた文章の大半は公開していない。後ろ向きな言葉ばかりで、読み返すに耐えなかったからだ。だが、古くからの友人に語った二つの話だけは、ここに記録しておこうと思う。
大学のことが好きな人たちは、きちんと大学に通うので単位を獲得し、留年せずに卒業していく。
大学のことが嫌いな人たちは、大学に行かなくなって単位を落とし、留年してより長い間大学に縛られる羽目になる。
大学のことが好きな人はその楽しい時間はあっという間(4年間)に過ぎ去ってしまうが、大学のことが嫌いな人はその苦しい時間を長く(5年以上)受ける。これが大学卒業のパラドックスだ。
留年が確定したとき、私はそんなことを考えていた。
さて、大学を卒業する方法には多様性がない。
授業に出席し、課題を提出し、テストも受けてある程度の成績をとる。これをすべての科目で繰り返さなければならない。画一的で、機械的で、退屈な作業だ。
だが、大学を留年する方法には無限の可能性がある。
寝坊して授業に出られないこともある。教室の扉の前まで来て、やっぱり嫌になって図書館に逃げ込むこともある。進捗がいい感じで、それを中断したくなくて授業を欠席することもある。あるいは、ただ海を見に行きたくなって、それだけの理由で出席しないこともある。
課題を出さない理由も、試験を受けない理由も、それぞれに物語がある。
このことを踏まえると、真に人生が豊かなのはどちらなのか。答えは明白であろう。
私はそんなことも考えていた。
今となっては、どうでもいい話だ。