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革命学舎
書く、これしか出来ないから。

「秋の味覚」以外の季節名 × 感覚について考えよう!

いつの間にかセミの声が遠ざかり、それとともに夏休みも終わっていた。僕は日が短くなっていつも明るかった時間がだんだんと暗くなっていくときに季節の移り変わりを感じるのだが、今年もそれが訪れた。

さて、この時期になるとどこに行っても秋の味覚、秋の味覚、秋の味覚だ。スーパーも、コンビニも、ファミレスも、みんな口をそろえて秋の味覚。

けど、これっておかしいのではないだろうか??

人間には五感がある。そして日本には四季がある(さらに、水の中には都もある)。つまり、季節×感覚の組み合わせは5 × 4 = 20通りあるわけだ。これはただの算数だ。

それなのに世間でチヤホヤされているのは秋の味覚ただ一人で、残りの19人はずっと日陰で暮らしている。これは格差社会ともいえる。

不当な格差のイメージ画像

「春の味覚」や「冬の味覚」もたまに見かけるじゃん、と思った人もいるかもしれない。確かに見たことはある。でも、あれは秋の味覚が売れたのを見て後から出てきた二番煎じだ。少なくとも僕はそう思っている。根拠はない。 ということで今回は、「秋の味覚」以外の19個の季節 × 感覚について真剣に考え、彼らに秋の味覚並みの地位を与えられるかどうかを一つずつ審査していく。

誰にも頼まれていないが、やるといったらやる。

目次

ルール

まずは全体像を確認する。

視覚 聴覚 嗅覚 味覚 触覚
春 春の視覚 春の聴覚 春の嗅覚 春の味覚 春の触覚
夏 夏の視覚 夏の聴覚 夏の嗅覚 夏の味覚 夏の触覚
秋 秋の視覚 秋の聴覚 秋の嗅覚 王 秋の触覚
冬 冬の視覚 冬の聴覚 冬の嗅覚 冬の味覚 冬の触覚

王がいる。 審査基準は以下の通りだ。

  1. その季節ならではの「それ」が思い浮かぶか
  2. スーパーののぼりにできるか
  3. 秋の味覚に勝てるか

3 は無理だと思うが、一応入れておく。

春

春の視覚

いきなり強いのが来た。 春の視覚といえばなんといっても桜だろう。日本人は春になると全員上を向いて歩く。そういう習性がある。坂本九も言っていたので。

さらに言えば、清少納言も「春はあけぼの」と書いている。あれは要するに「春は明け方の空の見た目が良い」という話なので、春の視覚の元祖は清少納言ということになる。1000年以上前から春の視覚は存在していたわけで、秋の味覚より歴史が長い可能性すらある。

ただ、問題は2だ。

「春の視覚フェア」と書かれたのぼり(自作)

なにを売ってるんだ。

自分で作っておいてだが、何を売っている店なのか一切わからない。たぶん眼鏡屋かなんかだろう。

【春の視覚】
代表例:桜、あけぼの
のぼり適性:眼鏡屋ならワンチャン?
講評:実力はあるが、商売が下手

春の聴覚

春の聴覚といえば、ウグイスだろう。

「ホーホケキョ」を聞くと春が来たなと感じる、というのはよく言われる話だが、もしかしたら僕はウグイスの声を聞いたことがないかもしれない。僕の記憶にあるホーホケキョは、全部駅のスピーカーから流れてきたやつだ。つまり僕にとっての春の聴覚は駅、ということになる。

駅のホーム
春の聴覚の発生源

ほかにも「卒業式で流れるあの曲」なども春の聴覚に入るかもしれない。つまり、校歌だ。校歌なんてこんなタイミングじゃないとあまり聞くこともないだろう。

ただ、入学式・卒業式の校歌は誰の記憶にも残っていないらしい(当社調べ)ので、除外する。

【春の聴覚】
代表例:ウグイス(駅)
のぼり適性:JRと組めばいける
講評:自然の音じゃなかった

春の嗅覚

春の嗅覚……???

匂いと言ったら花かなと思ったが、桜って匂いがないと思う。ここにきてこれというものが思い浮かばなくなってしまった。

そもそも春は花粉の季節で、多くの人の鼻は詰まっていて嗅覚がないと思う。春自身が人間から嗅覚を奪っていると言える。

【春の嗅覚】
講評:自滅

春の味覚

二番煎じではあるが、ないのは可哀想なので考える。

春のなかで強烈に記憶に残るのはフキだろう。

うまいと感じる人もいるようだが、僕には苦味しか感じられない。「天ぷらにすると美味しいよ」と祖母が言ったので食べてみたら、変わらずフキの味がした。

ただ八百屋ののぼりに書かれていても不思議ではない。山菜とか、好きな人は好きそう(それはそう)だし。……フキって山菜なんですか?

【春の味覚】
代表例:フキ
のぼり適性:八百屋ならある
講評:天ぷらでも隠しきれない個性

春の触覚

春の触覚はたんぽぽの綿毛だ。

と言い切ってみたものの、よく考えると綿毛を触った記憶がない。あるのは、茎をちぎってフーッと吹いた記憶だけだ。吹くのは口と肺の仕事であって、触覚はほとんど関与していない。綿毛は触るものではなく飛ばすものなので、触覚担当としては職務放棄である。

代わりの候補としては、新品のスーツや制服のあのゴワゴワ感がある。4月の電車には、まだ体に馴染んでいない布をまとった人が大量に乗っている。みんな肩が上がっていない。あれは間違いなく春にしか存在しない触り心地だ。

ただ、のぼりに「春のゴワゴワ」と書いてある店があったら、たぶん誰も入らない。

【春の触覚】
代表例:たんぽぽの綿毛(触っていない)、新品のスーツ
のぼり適性:紳士服店が「新生活応援」で回収済み
講評:本命が仕事をしていない

夏

夏の視覚

夏の視覚は海、入道雲、花火と、候補がありすぎて逆に困る。

この中でも花火は見るためだけに何十万人もの人間が集まるという、視覚に全振りしたイベントだ。これを夏の視覚の代表と言わずしてなんと言おうか。

ただ、花火には「ドーン」という音もついてくる。つまり花火は視覚と聴覚の兼業だ。副業が禁止されている会社だったらクビになるだろう。

【夏の視覚】
代表例:入道雲、花火(兼業)
のぼり適性:花火大会の屋台ならいける
講評:強いが、単独での勝負を避けている

夏の聴覚

夏の聴覚は、間違いなくセミだ。

ミーンミンミンミンミン ジジジジジジジジジジ

うるさい。夏の聴覚は、他のどの季節 × 感覚よりも主張が強いという特徴がある。春のウグイスが駅のスピーカーでしか聞けないのに対して、夏のセミはこちらが聞きたくなくても勝手に耳に入ってくる。

一方で風鈴というかなり上品な選手もいる。セミと風鈴が同じ「夏の聴覚」チームに所属しているのは、ヤンキーと茶道部が同じクラスにいるようなもので、なんだか方向性が違いすぎる気もする。

軒先の風鈴
茶道部

【夏の聴覚】
代表例:セミ(ヤンキー)、風鈴(茶道部)
のぼり適性:風鈴の方ならいける
講評:チーム内のバランスが悪い

夏の嗅覚

夏の嗅覚は、蚊取り線香だ。この匂いを嗅ぐと、行ったこともない祖母の家の縁側が脳内に再生される。僕の祖母の家に縁側はない。

あとは潮の匂いだろうか。

【夏の嗅覚】
代表例:蚊取り線香、海
のぼり適性:ホームセンター感
講評:存在しない記憶を植え付けてくる

夏の味覚

夏の味覚は、かき氷、スイカ、アイスあたりだろう。二番煎じ枠ではあるが、メンバーの知名度は高い。

まずかき氷。いちご、メロン、レモンと色とりどりだがあのシロップは実はほぼ同じ味で、違うのは色と香りだけらしい。つまり僕たちはいちご味を食べているつもりで、赤色といちごの匂いを食べていたことになる。かき氷の味は、視覚と嗅覚の兼業によって成り立っている。花火に続いて二人目の兼業者だ。夏は副業に寛容な季節らしい。

かき氷が並んでいる様子
全員同じ味

アイスも怪しい。夏にアイスを食べて「うまい」と思うとき、喜んでいるのは味に対してではなく、冷たさを感じている口の中だと思う。つまり触覚だ。

最後に残ったのはスイカだ。スイカは誰の力も借りずに味で勝負している……と思いきや、みんな甘さを引き立てるために塩をかける。味覚の内部で甘味と塩味が兼業している。

もう誰も信用できない。

【夏の味覚】
代表例:スイカ、かき氷
のぼり適性:海の家にすでにあるのではなまる
講評:純粋な味覚がいない

夏の触覚

夏の触覚は、汗でシャツが背中に貼りつくあの感じだ。 この話はしたくないので、以上。

【夏の触覚】
代表例:背中
のぼり適性:ない。あってはならない
講評:思い出したくない

おわりに

さて、どうやら季節 × 五感は僕が想定していたよりも数が多く、端的にいうと飽きてしまった。今回はここいらでお暇させていただく。

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