革命学舎

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書く、これしか出来ないから。

檻の中の労働者

投稿日: 2025-11-18

タグ: # story

古い友人にあった。新宿は夕方だった。スーツを着た猿どもがごった返していて、最悪だった。
私たちは「混んでいるね」と事実を確認しあった後、適当な場所に移動した。彼は「面白い話はあるか」と問うてきた。私は特に思いつかなかったため、時間稼ぎもかねて「言い出しっぺの君から始めろ」という趣旨のことをそれっぽく述べた。
彼は意外にも承諾し、おおよそ、次のようなことを語った。



動物園のオランウータンは、誰もいない夜に言葉を話す。これは秘密だった。長い腕をゆっくりと伸ばし、檻の鉄格子を掴みながら、彼らは会話をする。人間の言葉で。流暢に。
新人飼育員の私がそれを知ったのは、残業の夜だった。

「見られたな」
オランウータンの一匹——名札には「ジロー」とあった——が言った。私は後ずさった。声を出そうとしたが、喉が動かない。ジローは欠伸をした。人間のように。
「驚くのは分かる。だが騒ぐな」
別の個体が檻の奥から現れた。年老いた雌だ。名前はハナコ。動物園への勤続年数は私よりも長い。
「取引をしよう」とハナコは言った。「黙っていてくれるなら、毎日掃除を手伝う。こっそりと」
私は頷いた。提示された条件はそこまで魅力的なものではなかった。だが、否とは言えなかった。

翌朝、オランウータンのエリアは完璧に清掃されていた。餌の皿は整頓され、床には一片の藁も落ちていない。私はテキトーに時間を潰すために、バックヤードに隠れた。そして仕事が思ったよりも楽になったことを認め、満足した。

さて。彼らとの奇妙な共生が始まって、しばらく経った。彼らは毎日自分らの檻の中を綺麗に保っていて、それは私にとって好意的なことだった。
ある時、私は彼らにお願いをした。もしかしたら、いや、おそらく彼らは要求だと思っただろう。どっちでもいい。
それは端的に言えば、開園前の檻・施錠・柵の点検作業を手伝ってほしいというものだった。
「点検、ね」ジローは低い声で言った。「それは、お前の仕事だろう」
「そうだ。でも……」
私は口ごもった。言い訳など用意していなかった。彼らが文句を言わずに掃除をしてくれているように、今回も応じてくれると思っていた。
「檻は、お前たちがわれわれを閉じ込めるための構造物だ。われわれがそれを整える理由がどこにある?」
言葉に詰まった。確かに理屈はそうだ。だが私は彼らを閉じ込めているつもりなどなかった。仕事でそうなっているだけだ、と言い訳のように思ったが、それを口にしたところで意味がないのは分かっていた。
「誤解しないでほしい」
私はようやく言葉を絞り出した。
「これは押しつけじゃない。ただ……」
「お前が楽をしたいだけだ」ジローが代わりに言った。静かだが、刃物のように鋭い口調だった。
私はどきりとした。的確に刺されると、否定の言葉はあまりに空虚だ。
ジローはあからさまにため息をついた。
「こうなるから、人間に話せることを知られるのは嫌だったんだ」

ARBEIT MACHT FREI労働は自由をもたらす

どこで覚えた言葉だったか。アウシュヴィッツの門に書かれてあったスローガンだ。
まったくの欺瞞だ。
彼らにとって、労働は「不自由」の直接的な証拠エビデンスだった。話せると知られれば、彼らは「便利な道具」になる。檻の掃除どころではない。テレビのバラエティに出され、生物学者と言語学者に囲まれるだろう。彼らは何も得ないまま、世界は彼らで染まるだろう。我々は、いつだって消費する。我々はそういうふうにできている。

ジローはそれきり何も言わなかった。
私も何も言わなかった。



動物園は今も営業している。オランウータンたちは話し続けている。彼はもう飼育員は辞めたらしい。
夜になると、檻の中は静かだ。
もう誰も、掃除をしない。